認知症とは

1. 認知症とは

認知症という言葉は、特定の病気を表す言葉ではありません。

20歳頃までに獲得した様々な認知機能が、脳の損傷のために、自立した日常生活を送ることが困難なくらいまで低下した状態のことです。このように状態を表す言葉なのです。一方で、「血管性認知症」、「レビ-小体型認知症」という言葉があります。これらは病名です。すなわち単独で「認知症」と用いられる場合は、状態を表す言葉なのですが、「○○性認知症」というように使われる場合は、病名をあらわす単語の一部となります。このように認知症という言葉は色々な場面に応じて異なる意味に使われるので、混乱しやすいのです。

(参考:年をとることによる認知機能の低下よりは低下が著しいが、日常生活をなんとか自立して送れる状態を軽度認知機能障害(MCI)と呼びます。認知症の患者さんの場合は、「健常者と変わらない認知機能の状態」→「軽度認知機能障害のレベル」→「認知症のレベル」と認知機能が低下することが多いです)

そして認知症という状態に含まれうる症状は認知機能障害、行動・心理症状(BPSD)、神経症状の3つに整理されます。

2.認知症の症状

2.1 認知機能障害

①異常な物忘れ:健常者でも年をとると物忘れがおこります。しかし認知症患者で認められる物忘れは、健常者の老化による物忘れとは異なる強いものです。表1をご覧ください。

表1

②言語障害:言われていることが理解できなくなります。3つのことを一度に言われると、1つか2つしか理解できないということもしばしばおこります。また言葉がうまく出てこなくなります。

③視空間認知障害:見た物の位置関係がわからなくなります。このことで、目の前にある物に気づかなくなったり、よく知ったところで道に迷ったり、さらには家の中でも迷ったりするようになります。

④失認:見たり、音を聞いたりした物が何だかわからなくなります。私たちであれば、物を見たら、どんなもので何をする物であるかわかります。また救急車のサイレンの音を聞けば、救急車だとわかります。また電話のベルがなれば電話がかかってきたとわかります。患者さんではこれらのことがわからなくなります。

⑤失行:使い慣れた日常物品をうまく使えなくなります。

⑥遂行機能障害:目的を果たすために、工夫したり段取りよく計画し、さらにその計画に従って行動し、目的を果たすことが出来なくなります。計画通り事が進んでいるか否かがわからない、計画通り進まない場合に、その時点での対応策が考えられない、なども含みます。

例)料理:料理は多段階の手順を順次行いながら目的を果たす作業で、遂行機能の最もわかりやすい例だと思います。

まず、何を作るかを決め、次にどのような食材をどこで調達する決め、実行します。

食材を適切に切り、適切なタイミングで煮たり、焼いたり、味付けしたりすることを繰り返し、もしもうまくいかないことがあれば、そのときにとりうる対応策を考え、それを実践します。そして目的の料理を完成させます。

2.2 行動・心理症状(BPSD)

①抑うつ状態:気分が滅入って悲観的になります。

②興奮、易怒性:怒りっぽくなります。時には興奮して暴力に及ぶこともあります。

③不安:いつも不安で誰かがそばいないと探し回ることもあります。何度も繰り返し確認を求めることもあります。

④妄想:訂正不可能な誤った考えのこと。被害妄想が多くみられます。

⑤幻覚:実在しないのに、見えたり聞こえたりすることです。

2.3 神経症状

①麻痺:手足が思い通りに動かなくなります。

②感覚障害:体の感覚がなくなったり、しびれたりします。

③パーキンソニズム:1.動きが減る、2.体が固くなる、3.バランスが悪くなる、4.体が震える、という4つの症状のセットです。

④歩行障害:歩行がうまくできず不安定になります。転倒しやすくなることもあります。

⑤失禁:大便や小便をコントロールできなくなります。

3. 脳と認知症診断

3.1 脳の中には役割分担がある

脳の活動によって私たちは、考えたり、話したり、記憶したりします。この様々な機能は、脳の様々な部分が役割分担しており、その脳の場所は図1のようにおおまかに決まっているのです。

図1

3.2 認知症患者さんの症状を理解し、治療や対応を検討するために知っておくべきこと

①認知症患者さんの様々な症状は、脳の損傷のためにおこっています。

②認知症を引き起こす疾患には色々なものがあり、疾患によって、脳の損傷部位が異なります。従って、疾患が異なれば症状が異なり、治療法・対応法も異なります。

③逆に、同じ疾患であれば、症状は共通しています。そして治療法、対応法も類似しています。

④従って、原因疾患の診断や脳の損傷領域に基づいて治療法、対応法を選択することが重要です。

3.3 一般的な認知症診断の流れ

認知症の診断を行う際には、認知症という状態か否かという診断と認知症であったならば、原因疾患は何かという診断を同時に並行して行います。一般的な手順を以下にまとめます。

①これまでに、どんな症状がどんな順番で出てきたかという症状の経過を患者さんやご家族から詳しく聞きます。その際、薬の副作用ではないか、体の病気の影響ではないかなどと疑いながら聞いていきます。

②認知機能の評価:ミニメンタル検査(MMSE)や長谷川式検査などで簡単に評価するのが一般的です。

③神経症状の診察:いくつかの原因疾患では、特徴的な神経症状を有することがわかっているため、そのような疾患を疑っているときには、神経症状の有無のチェックを詳しく行います。

④BPSDの評価:強いBPSDを有している患者さんの場合は、診察室でもその症状が明らかになるのでわかります。しかし多くの患者さんの場合、自宅ではBPSDが顕著であっても、診察室では目立たないことがほとんどです。そこで一般的には、患者さんとは別の部屋でBPSDの質問票を用いて、「怒りっぽいか」、「些細なことで不安がるか」などをご家族から情報聴取します。

⑤生活活動能力の評価:これも患者さんとは別の部屋で、評価用紙を用いて、ご家族から、「料理はできているか」、「金銭管理が出来ているか」など日常生活の様子を聞いて評価するのが一般的です。

⑥血液検査:現在の所、血液検査で認知症の診断をすることは出来ません。認知症のように見える体の病気を除外するために血液検査を行います。

⑦画像検査:上記した方法で評価した臨床症状に加え、画像検査で脳の異常所見を特定することが認知症の診断には必要です。

認知症の原因となる様々な疾患で特徴的な脳の変形が起こります。そのため、脳の形を評価できるCTやMRIが用いられます。CTよりもMRIの方が脳の形の変化を詳細に見ることが出来るため、一般的にはMRIの方がよく用いられます。

さらに脳血流SPECT検査を用いて、脳機能を評価することもあります。軽症の患者さんや若年発症の患者さんでは、脳の変形が起りにくいことが知られています。そのような患者さんにはこの検査を行い、診断に役立てます。

4. 認知症の原因となる疾患

認知症は状態を表す言葉で、病名ではありません。従って、認知症であるならば、その原因疾患を特定しないと、治療法や対応方法を検討できません。認知症の原因となる疾患には色々なものがありますが、図2の4つの疾患が重要で4大認知症とも呼ばれます。この疾患に加えて、特発性正常圧水頭症(iNPH)を知っておく必要があります。

図2

4.1 アルツハイマー病

(1) 診断に役立つ特徴:

①早期から、出来事の存在自体を忘れてしまうほど強い物忘れを認めます。

②さっきのこと、新しいことはすぐ忘れますが、昔のことは覚えています。

③自分が置き忘れた物を誰かが盗ったという物盗られ妄想がおこることがあります。

④神経症状は末期まで目立ちません。

⑤一般的に愛想は良く、わからなくても取り繕いながら、話をあわそうとしてくれます。そのため少し話しをしただけでは患者さんの物忘れには気づきにくいです。

(2) 詳しい説明:

認知症という状態を引き起こす原因となる疾患の中で最も頻度が多いのがアルツハイマー病です。あまりに多いため「認知症」=「アルツハイマー病」と勘違いしている人も多いです。「物忘れ」が最初の症状で、これが1年~半年単位くらいのゆっくりとしたスピードで徐々に強くなっていきます。健常者でも年をとると物忘れは出てくるのですが、アルツハイマー病の物忘れは病的な物忘れです。健常者の老化による物忘れとアルツハイマー病による病的な物忘れとを表1で比較しています。この物忘れのために、物を置き忘れたり、同じことを何度も言ったりするようになります。物忘れに引き続いて、今がいつなのか、自分がどこにいるのかがわからなくなります。これをそれぞれ時間、場所の「見当識障害」と呼びます。その後、言葉の理解が不完全になったり、患者さんが言いたいことをうまくまとめて言えなくなったりします。さらに日常的な物品(歯ブラシなど)をうまく使えなくなったり、道に迷ったりするようになります。このような認知機能障害とともに、抑うつ的になったり、逆に怒りっぽくなったり、場合によっては、自分が置き忘れた物を誰かが持って行ったと勘違いする(物盗られ妄想)ようになったりします。しかし神経症状は末期まで現れないのが特徴です。物忘れは強いけれど、体の動きには問題のない患者さんはアルツハイマー病らしいと考えることが出来ます。

(3) アルツハイマー病の患者さんに対する治療

アルツハイマー病の治療薬として4つの薬が認可されています。表2のオレンジ色で示した3つの薬は基本的には同じ作用であるため、この3つの中からは1つしか使えません。緑色で示したメマンチンはオレンジの3つの薬とは別の作用を持つため、オレンジの薬と併用することができます。また全ての薬は症状の進行(悪化)を抑制する効果がありますが、進行を止めたり、障害された神経細胞を元に戻したりすることはできません。しかし、早期に診断し、早期からこれらの薬を服用し、かつ適切な介護サービスを利用することで、症状の悪化のスピードを遅くすることが大切です。

表2

4.2 血管性認知症

(1) 診断に役立つ特徴:

①脳梗塞や脳出血のあとに急性に起こります。

②症状は出血や梗塞が起った脳の場所によって異なりますが、麻痺を伴いやすいです。

③物忘れはありますが、全てのことを忘れてしまうのではなく、覚えていることもあります。

④意欲が低下し、引きこもりがちになります。動作や思考がゆっくりになりやすいです。

(2) 詳しい説明:

私たちの脳には血管が張り巡らされています。そして全ての脳細胞は脳の血管から栄養や酸素を受けています。その血管が破れたり(脳出血)、詰まったりして(脳梗塞)、その障害された血管が担当していた脳細胞が死滅し、その機能が果たせなくなったために認知症の状態になった場合に、血管性認知症と呼びます。血管が障害されたときから以下のような急性に症状が起るのが特徴です。脳梗塞や脳出血が起った脳の場所によって症状は様々ですが、手足が麻痺して動かせなくなったり、ろれつが回らなくなったり、しびれたりするというような神経症状が出現することがあります。言葉を喋ったり、また理解したり出来なくなることもあります。記憶をするのに重要な場所が障害されると強い物忘れが出ることもあります。しかしアルツハイマー病と比較すると物忘れは一般的に軽いことが多いです。

(3) 血管性認知症の患者さんに対する治療

血管性認知症の状態を改善させる治療法はありません。血管性認知症の患者さんに対しては、これ以上新たな脳梗塞や脳出血を増やさないことが最も重要です。そのために、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの疾患を持つ人はこれらの疾患の治療をしっかりとすることが重要です。また生活習慣に問題がある人は、喫煙、肥満、運動不足、過度の飲酒、悪い食習慣などを改めることが必要です。脳梗塞の再発を防ぐために薬を服用することもあります。また記憶障害が軽度の患者さんは、患者さんに対する説明や指導の内容をある程度覚えることが出来ます。従って、患者さんに対する教育的支援を継続することも重要です。

4.3 レビ-小体型認知症

(1) 診断に役立つ特徴:

①人や子供、動物が見えるという幻視や揺れるカーテンを人と間違うという錯視がみられます。これらの症状は夕方から朝方に多く、特に夜中に多いです。

②パーキンソニズム(1. 動きが減る、2. 体が固くなる、3.体が震える)がみられます。この中の1つだけを認めることもあります。ただし体が震えるという症状は他の2つと比較すると頻度が少ないようです。

③自分のいる場所や時間に対する理解、人に対する認識の程度が変動します。

④入眠中に夢に沿った行動をする(例えば、戦っている夢を見ている時は、眠りながら隣の配偶者を殴っているということがあります。逃げる夢を見ていたら走ろうとすることがあります)ことがあります。起こすと、こんな夢を見ていたと夢の話をしてくれることもあります。

⑤物忘れはありますが、比較的軽く、最近のことをある程度覚えていることがあります。

⑥物忘れが目立つ前に便秘、においがわからなくなる、うつになる、立ちくらみがする、④の入眠中の夢に沿った行動がみられることがあります。

(2) 詳しい説明:

上記の①、②、③、④の症状はこの病気の中核的特徴と言われます。この症状のうち2つがあると、この病気と診断されます。ただし、幻視は繰り返し観察されることと内容が具体的であることが必要です。またパーキンソニズムは一部の薬の副作用でも起こりえますので、薬のためではないということを確認する必要があります。③の症状は認知機能の変動と呼ばれます。具体的には、自分の家にいるのに違う場所にいると言う時があるかと思うと、よくわかっている時があります。また身近な家族の顔を見ても誰だかわからなかったり他の人に間違ったりするときがあるかと思うと、しっかりとわかっているときがあります。また理解力にも変動があり、周囲の人が言っていることをすぐに理解できるときとなかなか理解できないときがあります。これらの症状の変化は1日の中でもおこりえます。怒りっぽい時とそうでない時とがあるというような気分の変動とは区別しなければなりません。④の症状はレム期睡眠行動異常症(Rapid eye movement (REM) sleep behavior disorder (RBD))と呼ばれるのですが、健常者では夢を見ている時には脱力がおこり体を動かすことはできません。しかしRBDの状態にある人は夢を見ながら体を動かすことができるため、夢に沿った動作をしてしまうのです。記憶の障害はアルツハイマー病ほど重度ではないことが多く、覚えていることも結構あります。また記憶障害が目立つ時期になる前に、便秘、においがわからなくなる、うつになる、立ちくらみがする、RBDがおこりやすいことも知られています。また幻視などの治療のために抗精神病薬という種類の薬を使われることがあるのですが、この薬に対して、立ちくらみや転倒などの副作用が出やすいことも知られています。ただし、以上の症状が早期からそろうわけではなく、このような特徴的な症状が明らかでない時期にはアルツハイマー病と診断されることがあります。

(3) レビ-小体型認知症の患者さんに対する治療

認知症の症状の進行を抑制するためにアリセプトが保険適用のある薬として使用できます。幻視や認知機能の変動が改善する方もおられます。しかしアリセプトで本疾患の進行を止めたり、疾患を治癒させたりすることは出来ません。本疾患の患者さんは、教育支援によって症状が緩和される可能性があります。記憶障害が軽度の患者さんには、教育的支援、精神療法の効果が期待できます。

4.4 前頭側頭葉変性症

(1) 診断に役立つ特徴:

①したいことはするが、したくないことはしないという自分本位な行動が目立ちます。

②同じことをし続けるという行動が目立ちます。

③全般的には、自発性や意欲が低下し、生活活動が減り、閉じこもりがちになります。

④様々な物に関心がなくなり、話しかけても関心がないような感じで、短く無愛想に答える印象を持ちやすいです。

⑤65歳未満で発症する若年性認知症の中では頻度が比較的多い疾患です。

(2) 詳しい説明:

他の認知症よりも若年で発症することが多く、殆どの方が70歳頃までに発症します。最も特徴的な症状は、自分がしたことはするが、したくないことはしないという自分本位な行動です。我が道を行く行動とも呼ばれます。病気になる前の患者さんの人格から変化したという意味で人格変化とも呼ばれることもあります。また社会のルールや規範を気にせず、行動する点からは社会的逸脱行動と呼ばれることもあります。具体的には、店の物を断りもなく持ってきたり、交通ルールを無視して赤信号で渡ったりします。また自動車を運転する際にも交通ルールを守らないことがあります。ゴミをどこにでも捨てたり、どこででも排尿したり(この自分本位な行動を放尿という言葉で表現することもあります)、通常は人前で言わないようなプライベートな内容の話を公衆の面前でしたり、他人に突然「あんたブスだね」と言ったりします。また同じことをし続けるという行動も認められます。同じ物ばかり食べ続ける、同じ動作を繰り返しする、同じフレーズを繰り返し話すなどが認められます。同じルートを毎日散歩するという行動もよく見られる症状です。この散歩に決まった時間という要素が加わることがあり、例えば、「午前8時には家を出て散歩を開始する。午前9時にはあるところで花に水をやる。午前10時には決まった喫茶店の決まった席に座り、決まったコーヒーセットを注文する。そして午前11時になるのを待って、次の場所に移動する」となると時刻表的生活と呼びます。また周囲の刺激に影響されやすく、目に入った文字を読まずにはいられない、目に入った物を触らずにはおられないという行動がみられる患者さんもいます。

(3) 前頭側頭葉変性症の患者さんに対する薬物治療

残念ながらこの疾患の進行を抑制したり、止めたり、治したりする薬は開発されていません。本患者さんに対しては、前記したような独特のBPSDを理解して、それに応じた対応をすることが最も重要です。他の認知症と違って、本疾患の患者さんの行動を修正することはとても困難です。修正しようと試みることにより、患者さんのBPSDが増してしまうこともしばしばです。逆に常同行動を利用した対応も可能です。患者さんが好む常同行動をあらかじめ把握しておき、いざというときには患者さんにその行動に集中してもらうようにしむけます。例えば、編み物が好きで、編み物セットを渡しておくと数時間、編み物をし続ける患者さんがいました。家族が用事のためにどうしても数時間、家をあけないといけないときには、その患者さんに編み物セットを渡すという対応をとり、用事を済ませていました。

4.5 特発性正常圧水頭症(iNPH)

(1) 診断に役立つ特徴:

①初期からふらつきと歩行障害がおこります。

②初期からトイレに行く回数が増え尿失禁します。

③物忘れはありますが、全てのことを忘れてしまうのではなく、覚えていることもあります。

④意欲が低下し、引きこもりがちになります。動作や思考がゆっくりになりやすいです。

(2) 詳しい説明:

iNPHは治療可能な疾患で、日本では、高齢者の1.1%に存在することが明らかになりました。この頻度はこれまでに、私たちが考えていたよりも多い頻度で、これまで多くの患者さんが見逃されていた可能性があります。「認知症は治らない」という過去の常識を改め、「結構頻度が多い治る認知症がある」ことを認識してください。ただし、治る認知症でも治療の時期が遅れてしまうと治りが悪くなります。

iNPHでは3徴と呼ばれる3つの特徴的な症状を認めます。歩行障害、認知障害、排尿障害です。歩行は、ややがに股になり、左右の足の間隔が広くなります。そして一歩は狭く、このときに足の挙がりも低めです。少しの段差で躓きそうになります。ふらつきも同時によく訴える症状で、歩行時に体が左右に動揺します。また手の振りを大きくして反動を付けて歩こうとしているかのように見えることがあります。方向転換時には特に一歩が狭くなり、すり足がより目立ったり、足が地面にひっついたかのようになり一歩が出にくくなったりします。認知障害の特徴は思考のスピードがゆっくりになる、集中力が低下するなどです。記憶は比較的保たれており、覚えていることも多くあります。自らは思い出せなくても、誰かに答えを言われるとそうだったと思い出せることが多いです。排尿障害は、トイレに行く回数が増えます(頻尿)。そしてトイレに行きたいと感じてから我慢できる時間が短くなり、すぐに排尿してしまいます。これを切迫性尿失禁と呼びます。

iNPHの患者さんの診断には、頭部MRI検査が必要です。iNPH患者さんのMRIの画像と健常高齢者、および他の疾患の患者さんの頭部MRI画像を図3で比較しました。

図3

それぞれの写真の一番外側の白い部分は頭蓋骨のあるところです。その中の灰色のもこもことした部分が脳で、黒い部分が脳脊髄液(脳の中を流れている液体)です。脳脊髄液が流れている領域は、脳以外の所という意味で、脳の隙間と表現されることもあります。iNPHの患者さんでは、中央の黒い部分(脳室)がとても大きくなっています。これは脳脊髄液が脳室に過剰に貯留していることを示しています。また、白い頭蓋骨と灰色の脳の間の黒い脳脊髄液の領域がiNPH患者さんでは見えにくくなっています(画像の上側の点線部分参照)。一方、健常高齢者と他の3つの疾患の患者さんの画像では、白い頭蓋骨と灰色の脳の間に黒い領域が見えると思います。iNPH患者さんで、白い頭蓋骨と灰色の脳の間の黒い部分が消失している状態を「高位円蓋部の狭小化」と呼びます。このような、脳室の拡大と高位円蓋部の狭小化がiNPHの患者さんの特徴的なMRIの所見です。このようにiNPHの患者さんは、頭部MRI写真で容易に発見できます。治る認知症が、多くの施設で撮影できる頭部MRIで見つけられることは重要なことです。

(3) iNPH患者さんに対する治療

頭の中に過剰に貯まった脳脊髄液を排除するシャント術で治療します。残念ながら薬で頭の中の過剰な脳脊髄液を流すことは出来ません。我が国で行われているシャント術は2種類有り、脳室にシャントチューブを入れて腹腔に余分な髄液を流す脳室-腹腔(V-P)シャント術と腰部のクモ膜下腔から腹腔に流す腰部クモ膜下腔-腹腔(L-P)シャント術です(図4)。現在はL-Pシャント術の方がよく行われています。頭にメスを入れることに対して患者さんも介護者も抵抗が有るため、L-Pシャント術を希望する患者さんが多くなったことがその理由です。

図4
SSLサーバ証明書について